スカトロフェチとは?
スカトロフェチとは英語のスカトロジー(糞便学:scatology)を省略したもので、元はギリシア語で糞便を意味するスカットから来ています。直訳すれば糞便性愛ということになりますね。
ひと口にスカトロフェチと言った場合、大便と尿の両方を含むようですが、生理学的には大便と尿は全く別物であり、狭義には大便だけを対象とするものと思われます。しかしどちらも排泄という行為に関わるものであることから、一般的には大便と尿を区別せずにスカトロフェチと呼んでいるようです。この場合、糞尿性愛と言った方が正しい表現になりますね。本記事では便宜上、大便だけを対象にします。
一般的には嫌悪の対象とされる糞尿を愛好する性癖ですが、人口としてはかなり多く、ポピュラーな部類に属します。アダルトビデオでもスカトロという独立したジャンルがあるくらい、根強いファンが存在しています。ただ好き嫌いがはっきり分かれるフェチでもあり、全く抵抗がない人もいれば絶対受け付けられない人もいます。オシッコはいいけどウンコはだめという人もいるでしょうね。他人からは理解しがたいもの、それがフェチの特質でしょう。ちなみに自分はどちらも大好きです(笑)。
何に興奮するのか?
排泄という行為は人間にとって最も恥ずかしいものであり、決して人には見せてはならない究極の個人的秘密です。しかし食べることと同じように排泄も誰もが必ずするものであり、普段は閉ざされた空間の中で秘匿のうちに行われます。その行為を覗き見るという背徳感が性的興奮を刺激します。とりわけ女性が排泄する姿に興奮する男性は多く、あの美女もウンコをするのかとゾクゾクするような興奮を掻き立てられるわけです。しかし対象は女性だけでなく、同性であったり、時には自分の排泄にも興奮を覚えることがあります。肛門から太いウンコが出てくる瞬間は、たとえ誰であってもそれを目にすることに興奮を隠せない魅力があるのです。
もう一つは糞便そのものに対する興味があります。独特の色や質感、臭い、それに温かさなど、通常は汚いとされるものに美的感覚を覚えてしまうのです。それが十数時間かけて長い消化管を通ってきたものだという事実がさらに興奮を呼び起こします。それを触ったり、体に塗ったり、人によっては食べたりすることでさらに興奮をエスカレートさせていきます。
スカトロはSMと結びつきやすい
一般的にアダルトビデオではスカトロはSMプレイの中で描かれることが多いのが特徴です。黄金プレイや聖水プレイと称して女王様のウンコやオシッコを奴隷の男性が食べさせられたり飲まされたりするのが典型的なパターン。排泄物を食らわせるという屈辱的な行為が征服欲を刺激し、服従の証となるのです。世の中には奴隷になりたいマゾ男性が圧倒的に多く、このジャンルは共感を得ているのでしょう。
もちろんSMだけでなく、単純に女性の排便シーンや体に塗りたくる様子を撮影したものも多く存在します。特に排便時の音に興奮する人が多いようですね。女性に比べると数は少ないですが、男性の排便シーンもゲイ向けのビデオの中には存在します。
自分のスカトロフェチについて
自分も小さい頃からスカトロフェチを自認しています。今はそれほどスカトロに執着しているわけではありませんが、一度身に付いた性癖というものは一生抜けないもので、今でも排泄シーンには興奮します。ここからは自分のスカトロフェチの特徴について幼少期から振り返って書いてみたいと思います。
いつ頃からか?
記憶にある限り、少なくとも小学校低学年の頃にはウンコに興味がありました。実際はもっと前かもしれません。きっかけはわかりませんね。物心付いた頃にはウンコが好きでしたから。まあ小学生にとってウンコは鉄板ですから、それ自体は別に不思議なことではありません。でも性的に興奮するかどうかは別だと思います。自分の場合は明らかに興奮していて、ウンコのことを考えるだけで勃起していました(笑)。
排泄への興奮
僕は小さい頃から「人間の体から出るもの」が好きでした。オシッコもそうですが、とりわけウンコは固体であることから最も興味のある対象でした。よく排便する時に自分の股間を覗き込んで、肛門からウンコが出てくる瞬間を観察していました。あんな小さい穴からぶっといウンコが出てくることが信じられなくて大いに興奮したものです。自分にとってペニスより肛門の方に興味がありました。ゲイの男性にとってはペニスを挿入する穴ですが、自分には逆にウンコが出る穴として興奮の対象としていました。
糞便への興奮
一般には排泄シーンだけに興奮する人が多いですが、僕の場合は排泄された糞便そのものにも興味がありました。ウンコというのは不思議なもので、体の中にある時は何とも思わないのに、体の外に出た瞬間に汚い物に変わるんですよね。それっておかしくないですか? ウンコが汚いというなら、それを体の中にいっぱい溜め込んだ自分自身も汚いということになりますよね。
僕がウンコに興奮するのは、さっきまで自分の体の中にあったものだからです。出したばかりのウンコは体温で温められて生々しいものです。まるで自分の体の一部であるかのように、たまらなく愛おしいものと感じていたのです。
消化フェチとの結び付き
自分のスカトロフェチが特殊なのは、それが消化フェチと強固に結びついているからです。消化フェチとは丸呑みフェチのことを指すことが多いようですが、自分の場合は消化のしくみそのものに興味がありました。胃に入った食物が胃液で溶かされ、十二指腸で胆汁と膵液を混ぜられて黄色に変わり、小腸で栄養分を吸収され、大腸で水分を吸収されて最後に残ったカスが糞便として排出されます。人間の体はいわばウンコ製造マシーンなのです。元の食物とは似ても似つかないウンコという形に変えられるしくみが凄いと思って興奮しました。体の外に出たウンコはまさに自分の体内を十数時間かけて通ってきたものだから、愛おしいものに感じるのです。
ウンコ遊びは事実上のオナニーであった
僕は小学校高学年から中学生にかけてウンコを使って遊ぶことに興奮していました。初めての夢精体験でも書きましたが、僕は中学1年で夢精を経験したので、その頃には射精は可能になっていたわけです。しかしまだオナニーというものを知らなかったため、自分で射精することもなく、事実上ウンコ遊びが性的興奮を得るためのオナニーになっていました。
当時よくやったのは、ウンコを手に取って観察することでした。これは固い便でないとできないのですが、固い便が出そうな時はだいたいわかるものです。そんな時はワクワクしながら手のひらにトイレットペーパーを敷き、肛門に押し当てて排便の瞬間を待ちました。ウンコを押し出す圧力というのは凄まじいもので、固い便だとそれが直接手に伝わってきます。排便の圧力で簡単に手が押し下げられるので、それに負けないように押し返すとウンコは潰れて圧縮されていきます。そして全部出し終わった頃には巨大なウンコの塊が手のひらに乗っています。まず手のひらに伝わる温もりとずっしりした重みが興奮を誘います。
次にそれを顔に近づけてしげしげと観察したり、匂いを嗅いだりします。健康なウンコはそんなに嫌な匂いはしないものです。普段こんな近くでウンコを目にすることはないのですごく興奮します。もちろんチンポはビンビンに勃起しています。近くで見ると微細な食物のカスみたいなものが見えて、それが興奮を誘います。
それからウンコの解体と称して、中身をほぐして未消化物を探したりしました。それがあるといつ食べた物かがわかり、間違いなく体の中を通って出てきたことに興奮するのです。胃腸の弱い人は未消化物がそのまま出てくることが多いですが、自分は消化力が強いのでほとんど跡形もなく消化され尽くして見つけることが難しかったですね。野菜などの繊維質のカケラがわずかに見つかる程度で「そのもの」が出てくることはめったにありませんでした。逆にすべてを消化し尽くす自分の体の凄さに興奮しました。
そうやってウンコ遊びしながら興奮していたわけですが、ただ勃起するだけでチンポをしごいたりすることもなく、射精には至りませんでした。すでに射精はできたはずなのに、今から考えると不思議なことですね。
オナニーを覚えてから
初めてのオナニーで書きましたように、僕がオナニーを覚えたのは中学3年の時でした。初射精から2年以上経っていたわけで、すいぶん奥手だと言えます。
ご想像の通り、オナニーを覚えてからというもの、あまりの快感に病みつきになり、オナニーのことしか考えられなくなりました(笑)。そしてペニスから出てくる精液というものに並々ならぬ興味を持ったのです。それまでオシッコが出るところとしか思っていなかったペニスから白いドロドロの液が出てきたものですから興奮するのも仕方ありません。もともと人間の体から出るものが好きだったことから、今まで見たことのない精液に興味を奪われ、ウンコの地位は相対的に低下しました。
こうやって次第にウンコ遊びをしなくなり、それに代わってオナニーが日課になりました。つまり主役は肛門からチンポに交代したわけです。年齢とともに自分のスカトロフェチは影を潜めていったわけですが、それでも完全に興味がなくなったわけではなく、今でも排便シーンを見るのはとても興奮します。やはり「三つ子の魂百まで」ですね。


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